2012年03月14日(水)00時18分

【コラム】ゲームの予告編が抱える問題とは

昔から度々問題に挙げられてきた、ゲーム内容を正確に反映しているとは言えないゲームの予告編の是非を問う、GameSpotのコラムを。

ゲームそのものとゲームの予告編が乖離しているという問題は、ゲーム業界で長く議論されてきた。ここ数年、パブリッシャーたちはますますマーケティングに重きを置くようになっており、結果としてハリウッドが見事に観客を騙してきたのと同じ方法論を用いた、ビジュアル的に魅力のある予告編が幅を利かせるようになっていった。

だが、映画の予告編はビデオゲームのそれよりも観客を騙すのは難しい。全く繋がりのないシーンだけで構成されていたとしても、映画の予告編はどれだけあいまいであろうと、実際の映画の雰囲気などを反映したものになっているのが一般的だ。対照的に、現在のゲーム予告編に寄せられる最大の批判は、それが技術的な上限であろうと、感情的なトーンであろうと、ストリーテリングのテンポであろうと、ゲームそのものを全く反映していないというというものだ。プリレンダの予告編(最近ではMass Effect 3の「Take Back the Earth」予告編など)や、復活しつつある実写の予告編(Modern Warfare 3の「The Vet & The n00b」やスクエア・エニックスのSleeping Dogsの予告編など)がそれに当てはまる。ゲームの予告編はゲームそのものよりも良く出来ているという事実にゲーマーたちも気付いていて、これがシンプルなゲームプレーよりも大金を投じた派手さだけを追求したビデオゲーム広告への不信感を招いている。

予告編と実際のゲームの乖離を最も如実にあらわした悪名高き一例が、Techland開発によるゾンビ・サバイバル・ホラーDead Islandの、世界中で絶賛されたプリレンダ予告編だ。グラスゴーに居を構えるアニメーション・スタジオAxisが製作したこの予告編は、若い家族がゾンビによって惨殺される様子をスローモーションの巻き戻しで描いている。この予告編は公開から僅か5日間で、主にソーシャルネットワークを経由した口コミによって、YouTubeでの再生数を750から100万に伸ばした。予告編の技術的な偉業、巧みなペース配分、美しさと恐ろしさを称える者もいれば、殺される少女の姿を暴力的過ぎると感じた者もいた。そうした反応の違いはさておき、一つの疑問が残った。その作品としての素晴らしさは疑いようもないが、この予告編からDead Islandというゲームのことがどれだけ分かるだろうか?

実際のところ、それほど多くのことは分からない。

パブリッシャー、そして宣伝部は決してこの乖離を認識していないわけではない。素晴らしい出来栄えの予告編を通して、E3での公開前にゲームへの興味を高めるというDeep Silverの目論見は見事に達成したのだ。最初からユーザーを騙そうとしていたのか、それとも単にTechlandが予告編と同等のエモーショナルなゲームを作ることが出来なかっただけなのか。Deep Silverのそもそもの意図とは関係なく、Dead Islandの予告編はその任務を果たしたのだ。

Geoff Mulligan (Deep Silver、 最高執行責任者): 一風変わった最高の予告編だった。ゲームプレーだけでなく、人々の感情に訴えかけたんだ。即座にゲーム自体に調整を加えることを決定したよ。ゲームプレー、物語を少々、宣伝キャンペーン、全てだ。私はこの業界に30年ほどいるが、あの予告編がなければ、Dead Islandはあそこまで成功しなかったはずだよ。ああいう前評判はお金では買えないものだ。

ゲーム自体はそこそこの評価を受けたものの、評判は発売後も続いた。AxisはDead Islandの予告編で2001年度カンヌ・ライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで最優秀インターネット・フィルム賞を受賞し、それが映画会社Lionsgateの興味を引き、映画化権を取得するに至ったのだ。

こうした乖離は、決して技術的要因のみから生まれるものではない。開発元のEpic Gamesの手によってUnreal Engine 3を使用して作られているものの、一部のGeras of War予告編も、ゲーム自体には存在しない感情を喚起させるものだとして批判を受けている。この場合の乖離は、技術的な美しさではなく、予告編の編集の仕方から生まれたものだ。

これを最も顕著に表しているのが、「Mad World」予告編だ。1作目のGears of Warの宣伝としてリリースされたこの予告編は、シリーズの顔であるMarcus Fenixが、Locustに追われる直前の静かな瞬間を描き出している。Gary Jules and Michael AndrewsによるTears for Fearsクラシックのカバー曲”Mad World”を使用し、ムード満点の嵐の前の静けさが高く評価された予告編だが、ゲーム自体のトーンと激しく矛盾するとして、後に批判の対象となった。このトレンドは続編にも継続され、Gears of War 2の「Rendezvous」予告編では、詩人アラン・シーガーによる第1次大戦を描く「私には死との約束がある」を使用。同様に、「Last Day」予告編では綺麗に咲き誇る花々や愛する人々の写真、夕日に思いを馳せる主人公たちの姿が、DeVotchKaの”How it Ends”に乗せて描かれている。そしてGears of War 3の予告編「Ashes to Ashes」と「Dust to Dust」では、ムードのある恐ろしいサウンドトラックと残虐な戦争の模様が交差する。Gears of Warシリーズの誇張されたマチズモと、静かで抑制の効いた音楽のミスマッチが一味違うパワーを放つというパターンは、効果的な宣伝キャンペーンを生み出す上での無敵のコンビネーションとなっている(最近では、Mass Effect 3の「Take Back the Earth」予告編で同様の構図が見て取れる)。

Kendall Boyd (Epic Games、マーケティング・ディレクター): 素晴らしい予告編を作る上で、音楽は非常にパワフルなツールだ。我々の意図を深く考え過ぎる人が多いだろうが、そうした反応を見るのも物作りの楽しさだよ。一番最初の予告編は、他社の宣伝から頭一つ抜きん出るためには極めて重要だ。Epicでは、最終的な予告編でプレーヤーを騙すようなことはしたくない。私自身ゲーマーとして、素晴らしいカットシーンを切り取った予告編を見た後でゲームをプレーし、「あの予告編と全然違うじゃないか」となるのは腹が立つからね。

携帯機版の宣伝にコンソール版の映像を使用した宣伝部を知っているが、私にとってああいうやり方は消費者をミスリードする汚いやり方だと思う。ファンの期待を煽るにも、ゲーマーが騙されたと感じない程度の節度が不可欠だ。我々がインゲーム・エンジンで予告編を作るのは、それが理由だよ。大体どんなゲームなのかをプレーヤーが掴めるような、最高に格好良い予告編を作りたいんだ。

だが、そのやり方こそがGears of Warの予告編が批判されてきた理由でもある。予告編はゲームそのものよりも感動的であるべきなのだろうか?それとも、デベロッパーにはゲームと予告編のトーンを合わせなければならない責任があるのだろうか?

Boyd氏によると、「Dust to Dust」予告編は、Gears of Warシリーズ全3作品の物語における血湧き肉躍るテンポを一気に見せながら、ユーザーが「起きていること全てを処理する」手助けとなる音楽を対比して描いているという。Boyd氏はゲームプレー予告と映画的予告を区別し、宣伝キャンペーンにおいてそれぞれが異なる役割を果たしていると語る。

Kendall Boyd: 宣伝マンとして、私は誠実さが不可欠だと考えている。それがゲームプレーを見せる予告編なら、HUDなども含めてゲームをプレーする際に目にするものは全て表示すべきだ。しかし、映画的な予告編を作る場合は、クリーンな画面でなければならない。しかし、同時にインゲームの素材を使用し、ユーザーをミスリードすることなく、ゲーム全体のテーマを伝える必要があるだろう。

インゲーム素材のみで構成された、巧みな編集と適切なスコアを使用した予告編も、映画的な予告編と同じくらい成功を収めることができると証明しているデベロッパーもいる。Naughty DogによるUnchartedトリロジーの予告編は、ユーモア、テンポの速さ、美しさといったゲームの本質を見事に捉えていると評判だ。インゲーム素材のみで構成され、ほぼ必ずゲームプレー・シークエンスを含んでいるこれらの予告編は、映画的な編集とテーマに合った音楽を使用することで、ゲームをプレーした時のスリルを再現している。

Taylor Kurosaki (Naughty Dog、シネマチック・プロダクション・リード): 一見は百聞にしかずなら、予告編は千のスクリーンショットにしかず、だよ。Naughty Dogの予告編は全て、スレートやタイトル以外は完全にインゲーム・エンジン素材を使用している。ゲームプレーの動画はPS3から直接録画しているし、カットシーンもゲームから直接レンダリングしている。我々は、プリレンダはもう一切使用していないんだ。

開発中の物を世界に公開する機会は数が限られているから、その全ての機会をフルに活用したいんだ。

Kurosaki氏は、そのゲームがどんな体験を提供してくれるのか、ということをユーザーに伝えることが、ゲーム予告編の仕事だと考えている。十分なインゲーム素材が使用できない場合、目的を果たすためにはプリレンダの予告編が適している場合もあることを彼は十分理解しているとはいえ、必ずユーザーに本物を見せることができるよう、Naughty Dogはできるだけ早くゲームを完成させることに労力を注いでいるという。

Taylor Kurosaki: 音楽とサウンド・デザインは、予告編でトーンを伝える際に最も重要なツールなので、我々はそれを最大限に活かしたい。Unchartedシリーズのシングルプレー体験は映画的で壮大だから、それを伝えるために予告編で使用する音楽が役立っているんだ。逆に、マルチプレーはハチャメチャな感じだから、その予告編で使う音楽もそういうものを選んでいるわけだ。

現実世界を反映する繊細な映画的体験を再現することを目指した、グラフィック的に大きく進化したゲームを求める声が日に日に増す中、小手先のマーケティング手法は必要なくなっている。パブリッシャーたちが胸を張って製品をユーザーに見せることができるところまでビデオゲームの技術が進化した今、ゲーム業界は実際のゲーム体験を捻じ曲げて伝えるゲーム予告編に頼る必要があるのだろうか?

[ソース: GameSpot]

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