2012年08月22日(水)02時23分

【コラム】前日譚映画が抱える問題とは

近年増加傾向にあるプリクエル、いわゆる前日譚映画が抱える問題点を、IGNがコラムにまとめています。

「ジョージ・ルーカスが俺の幼少時代をレイプしやがった!」怒り狂ったファンボーイのこのフレーズは大人気で、Tシャツやドキュメンタリーにまで派生し、『スターウォーズ』ユニバースに行われた愚行を歌った本当に酷い曲まで生まれたのである。少し行き過ぎではあるものの、このフレーズは日に日に増しつつある私の前日譚映画への敵対感情を如実に表している。

そうした私の感情は、『プロメテウス』の公開で頂点に達した。監督のリドリー・スコット氏は当初、『プロメテウス』は『エイリアン』の前日譚になると発言。後にその発言を否定したが、次には『エイリアン』1作目のDNAを共有する(意味はさっぱりだが)作品になると述べた。しかし、『エイリアン』を髣髴させる風景や台詞、物語を見るにつれ、私には前日譚としか思えなかった。それも、出来のあまり良くない前日譚。

『エイリアン』の冒頭でその姿を見せ、その後様々な憶測の対象となってきた巨大な宇宙人、スペース・ジョッキーの謎に迫るのが『プロメテウス』だ。

前日譚映画のネタバレ注意

prometheus.jpg『プロメテウス』

その謎を取り巻く様々なアイデアや憶測が私は好きだった。スペース・ジョッキーの正体やあの惑星にいた理由を、他のファンと共に想像するのが楽しかったのだ。しかしリドリー・スコット氏は、30年以上経過した今になってその物語を語ることを決めたが、結局ところ、ジョッキーの物語はあまり面白いものではなかったのである。

そもそも、スコット氏が全ての産みの親なのだから、彼にはその権利があるのだが、唯一の問題は1979年の『エイリアン』が傑作であるということだ。緊張感と恐怖を描ききった完璧な名画。だが今改めて鑑賞すると、スペース・ジョッキーの場面が近づくにつれ、嫌でも『プロメテウス』のこと、具体的にはちょっと馬鹿っぽく見えるCGのエイリアンが走り回る様子を思い出してしまうのだ。

DVDやブルーレイという形で我が家の棚に置かれている『エイリアン』という映画自体には何の変化もないはずなのだが、『プロメテウス』の存在によって価値が下がってしまったも同然で、その結果として映画史上最高のSFホラーを今までのようには楽しめなくなってしまったのだ。

thing.jpg『遊星からの物体X ファーストコンタクト』

SFホラーと言えば、『遊星からの物体X』の前日譚についても同じことが言える。我々オタクを喜ばせるのは難しいが、ジョン・カーペンター『遊星からの物体X』の冒頭で触れられていた、ノルウェー調査隊に降りかかった恐怖体験を想像することに幸せを見出したものだ。

だが、もうそんな悪夢を想像する必要はなくなった。オランダ人監督マシーズ・ヴァン・ヘイニンゲン・Jr.氏が2011年、『遊星からの物体X ファーストコンタクト』として映画にしてくれたからだ。どうやら、彼らが体験したのは、緊張感もスリルもないCG祭りだったらしい。最悪なのは『遊星からの物体X』神話に手を加えてしまったこと。クリーチャーの能力を変更してしまったせいで、1982年のオリジナルでの出来事の辻褄が合わなくなってしまったのだ。やったぜ、マシーズ!

何も、前日譚が全て駄目というわけではない。丁寧に作りさえすれば、興味深い独自の物語を語ることは可能なのだ。『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』は、ミュータント・ユニバースに1960年代の視点を取り入れつつ公民権運動にも触れているし、『猿の惑星:創世記』は、特殊効果満載のSFアクションに動物実験の倫理を持ち込んでいる。

とはいえ、そうした優れた映画にも、より大きなストーリーテリング上の問題がある。サスペンスの欠如だ。『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』の場合、観客は主人公たちがその後の『X-メン』シリーズに登場することを知っているので、ハラハラすることがない。同様に、エリックがマグニートになるのは誰もが周知の事実であるため、マイケル・ファスベンダー氏が演技にどれだけ繊細さや悲哀を込めようとも、暗黒面へと堕ちていく成り行きはどこか予定調和になってしまう。

x-men-first-class.jpg『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』

決まりきった結末へと進んでいく猿映画に関しても同じことが言える。『猿の惑星:創世記』というタイトルからして、本編終盤のサプライズが台無しだ。人類はまだ自滅していないが、その模様は続編でお目にかかれるだろう。

J.J.・エイブラムス氏の『スター・トレック』前日譚は、この問題を回避した数少ない映画の一つ。異なるU.S.S.エンタープライズの乗組員たちが共存できる異なる時間軸を作り出すことで、今後の続編におけるキャラクターの生死が誰にも予測できない状況を生み出している。

だが、成功を収めた前日譚がある一方で、失敗に終わった前日譚はその10倍以上存在する。『ハンニバル・ライジング』は映画史に残るヴィランを意図せずして笑い者にしてしまったし、逆に『新 Mr.ダマー ハリーとロイド、コンビ結成!』は、過去作では爆笑させてくれたコンビを全く笑えない存在にしてしまった。

そして『スターウォーズ』だ。我々は15年以上も、ジョージ・ルーカス氏がはるか銀河の彼方に戻り、オビ=ワン・ケノービとアナキン・スカイウォーカーの物語を語ってくれる日を待ち続けた。高潔な人間が暗黒面へと堕ちた経緯を知るために。

だが我々を待ち受けていたのは、文句ばかり言う鬱陶しい子供が、文句ばかり言う不機嫌なティーンエージャーに成長する物語であり、その最大の魅力である謎めいたミステリーをダースベイダーから全て奪い去ってしまった。

revenge-of-the-sith.jpg『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』

前日譚の問題はそこに集約される。空白を自分で埋める機会を、観客から奪ってしまうのだ。答えをご丁寧に与えてもらう必要はもちろん、レザーフェイス(『悪魔のいけにえ』)やメリン神父(『エクソシスト』)、ノーマン・ベイツ(『サイコ』)のオリジンを説明してもらう必要などないのである。当然ながら、ダースベイダーが初めてあの象徴的なヘルメットを身に付けた時、メソメソ泣きながら「Noooooooo」と叫んだことなど知りたくもない。

だが、こうしたトレンドが収まる傾向はない。Warner Bros.は先日、『シャイニング』の前日譚の製作を発表。既に完璧な傑作ホラー映画のバックストーリーを、観客が求めていると本気で考えているのだろうか?

とはいえ、私は常に『カリートの道 暗黒街の抗争』ではなく『ゴッドファーザー PART II』を期待しつつ、広い心で映画にアプローチしている。だがその代わりに、前日譚を作る際に映画スタジオは真剣に頭を捻ってもらいたい。前述した作品の多くのように、興行的に失敗するだけでなく、傑作映画の遺産を汚すことにもなりかねないのだから。

オリジナルの映画を作ってくれるのが一番だけどね!

[ソース: IGN]

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