2013年10月31日(木)05時12分

インディ・クリエーターが語る、ホラー・ゲームにおけるインディの優位性

5167.jpg『Outlast』

『Biohazard』や『Dead Space』といった人気作がシリーズを重ねるたびにアクション要素が濃くなったことで、一時は絶滅の危機が叫ばれたサバイバル・ホラーというジャンル。しかし、インディ・デベロッパーが手掛けた幾つかのサバイバル・ホラーが人気を博したことで、インディ・シーンを中心にこのジャンルが復活しつつあると言われている。

UbisoftやNaughty Dogといった大手スタジオから独立した開発者たちによって設立されたスタジオRed Barrelsのデビュー作『Outlast』は、一切の攻撃手段を持たない主人公を採用することで、サバイバル・ホラーの原点に立ち返っている。Red Barrelsの共同設立者Philippe Morin氏は語る。

Philippe Morin: 5年ほど前に、ホラー・ゲームを作らせて欲しいとUbisoftを説得しようとしたことがある。何故かそれは実現しなかった。ホラーというジャンルは一定の数は売れるが、『Assassin’s Creed』とかそういうゲームのレベルに達するのは極めて難しいのだろうと理解している。

彼らの計算では、ホラー・ゲームは理に適わないということなんだろうね。

5人の友人と共にFireproof Gamesを設立し、昨年にはデビュー作となるホラー・パズル・ゲーム『The Room』をリリースしたBarry Meade氏も、Criterionで『Black』や『Burnout』フランチャイズといった大作に関わった経験を持つ。そんな彼も、現在の大手パブリッシャーの考え方がホラーを駄目にしたと考えているようだ。

Barry Meade: ゲーム業界というのは、レミング(訳注:群れをなして大移動する習性を持つネズミ科の哺乳類)の大群が支配しているんだ。大ヒット作が一つ二つ生まれると、世界中のパブリッシャーが開発プランを変更し始め、大ヒット作のメカニックやテーマ、様式に倣おうとする。そういうメカニックやテーマとは相容れないジャンルにさえ押し付けてくるんだ。それがホラー・ゲームをかなり傷付けたよ。

『Biohazard』の近作について、Meade氏は実に辛らつな意見を持っている。

Barry Meade: どんなゲームなのかさっぱりというのが正直な感想だ。流行に乗ろうという悲しい試みか、同じくらい悲惨な戦略だよ。

1784.jpg『The Room』

Red Barrelsの『Outlast』は、アクション化の一途を辿る大作とは真逆のアプローチを取っている。

Philippe Morin: 我々は誰もがシューターやチャンバラ・ゲームに関わった経験を持っているから、戦闘能力を一切持たないキャラクターを生み出すというのは良い挑戦になると感じたんだろうね。

近年の大作ゲームの多くはプレーヤーに無敵感覚を味わわせるパワー・ファンタジーであり、これはサバイバル・ホラーとは相反するものだ。

Philippe Morin: 大手スタジオでは良く耳にするよ。プレーヤーに無敵感を感じてもらうにはどうすれば良いのか?とね。プレーヤーは異なる作風を迎える準備ができていると思う。これは何も、爽快感を堪能できるゲームはもうプレーしたくないというわけじゃなくて、全てのゲームがそうなる必要はないということだ。

いかにしてプレーヤーに子供の頃の無力感を味わってもらうか、というのが我々のアプローチなんだ。暗い部屋に1人でいる時に味わう、ベッドの下やクローゼットの中に何かいるんじゃないかという感覚。何かが起きても対処できない、という無力感だ。それが我々のアプローチであり、全てのデザイン決定のベースになったんだ。

そのMorin氏は、『Amnesia: The Dark Descent』が『Outlast』に与えた影響を公言している。スウェーデンの独立系スタジオFrictional Gamesによる『Amnesia: The Dark Descent』は、攻撃手段を持たないキャラクターを主人公にしたサバイバル・ホラーで、近年のインディ・ホラー台頭の立役者となったゲームの一つとされている。クリエイティブ・ディレクターThomas Grip氏が語る。

Thomas Grip: 最初の『Penumbra』を作った時は、武器を入れたかった。『13日の金曜日』のようなホラー映画のお約束だからね。主人公や結局は殺されてしまうキャラクターが、その辺にある物を使って何とか身を守ろうとするんだ。木の板を拾ってジェイソンと戦おうとしたりするだろう?でも、それがプレーヤーの心理状況に影響してしまうんだ。

『Penumbra』の続編『Black Plague』では、戦闘を完全に排除した。恐怖を増す目的もあったが、主な理由は戦闘がゴミだったからだよ。我々には戦闘を洗練させるリソースがなかったんだ。2008年当時出ていた『Condemned』のようなゲームを見た時、我々は「クソ、凄い1人称戦闘だ。あれには勝てない」と感じたよ。だから削除したんだ。お陰で道が開けたというわけだ。

戦闘を導入すると、プレーヤーの考え方が固定されてしまうという。

Thomas Grip: 『Myst』のような、戦闘のない1人称ゲームは過去にも存在した。背景が固定されているか、『Portal』のようなパズルかのどちらかだ。いざ環境に放り込まれたらパズルを解かねばならず、プレーヤーもそういう考え方になる。だがホラー・ゲームでは、ただ部屋の中にいて、「さて、生き延びないと。どうすればいいんだ?何が危険になるんだ?」と感じる。目標が不明瞭なんだ。

どんな要素を自分の有利に生かせるのか、何を避けるべきなのかといったことが分からない状態だと、些細なノイズといった周辺環境に敏感になる。普通のゲームであれば気にもしないような単なる背景ノイズであっても、「あの壁の向こうに何かいるのか?誰かいるのか?足を引きずっているのか?足が遅いのか?」と考えるようになるんだよ。

1783.jpg『Amnesia: The Dark Descent』

それが、プレーヤーのイマジネーションを掻き立てるという。

Thomas Grip: 想像で凄いイメージを作り上げてしまうんだ。ゲーム作りにおける極めてパワフルなツールだよ。仮に武器を持っていて、それが使える状況になると、突然銃弾を探し始めてしまうんだ。モンスターを見たら撃つ、という風に考えてしまう。

人材や資金といったリソース不足が、結果として功を奏したとGrip氏は語る。

Thomas Grip: 『Amnesia』で最も成功したと思うのは、透明の水のクリーチャーだろう。水面に飛沫が上がるだけなんだ。あれがどのようにして生まれたかというと、まず地下には水が必要だと感じて、そこに『スターウォーズ』のごみ圧縮場に出てくるようなモンスターを登場させるべきだと考えた。

もし開発費に余裕があれば、触手が出て来ていただろうね。箱から箱にジャンプするプレーヤーを掴んだりして、恐らく結果は今よりも駄目になっていたはずだ。だが、我々には資金や時間が足りなかったので、飛沫だけを残すことにしたら、それがプレーヤーの想像力をかきたてたんだ。はるかに良い出来になったよ。大規模な予算があると、アイデアを膨らませ過ぎてしまうんだろう。色々と付け足し過ぎてしまって、プレーヤーに想像する余地を与えないんだ。

インディの強みはそれだけではない。デジタル配信の一般化により、検閲などを気にする必要がなくなり、大手パブリッシャーではタブーとされているような題材を扱うことも可能になった。

Thomas Grip: 制限がはるかに少ないデジタル配信を始めて気付いたのは、クリーチャーなどをデザインする際、過激な表現や不快な内容についてあまり心配しなくなったことだね。

『Amnesia』には、裸の人間が数多く登場する。それが体験そのものを高めたかどうかは分からないが、原始的な恐怖心といったものは、服を着ているよりも裸の方がより強まると感じているんだ。大手パブリッシャーが相手では、そういったものを通すのは大変だろうね。

『Black Plague』には、奇妙な触手の生えた男が出てくる。するとESRB(訳注:北米のビデオゲーム審査団体)は「あれはペニスか?」と考えるんだ。我々はわざわざ「いえ、あれはへその緒です」と言わなければならなかった。「もしこれを入れたら、ペニスは駄目だと言う人間が必ず出てくるぞ」と常に考えるようになってしまうんだよ。

何か決定を下すたびに、上の判断を仰ぐ必要が出てくる。それがクリエイティブ・スピリットを殺してしまうんだ。『Amnesia』を作った時は、その手のことは全く考えなかった。常にオンラインがあるからね。レーテングの心配をする必要がなかったんだ。

サイコ・ホラー『Asylum』のディレクターAgustin Cordes氏も、作り手自身が決定権を持つインディの優位性を強調している。

Agustin Cordes: 効果的なホラーというのは挑戦的でなければならず、そこでインディの出番だ。インディは制限がなく型破りだ。メインストリームのホラーは予定調和だが、インディ・デベロッパーは決して読めないんだ。私はそれこそがホラーの本質だと思う。予期せぬものへの恐怖、未知への恐怖だよ。

[ソース: IGN]

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