2016年01月06日(水)00時01分

【コラム】シングルプレー体験の華麗なる復活

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何らかのオンライン要素が必須とされて久しい昨今だが、2015年に注目を集めたゲームの多くが、シングルプレーを全面に押し出していた。シングルプレー体験の復活を讃えるIGNによるコラムを。

現在の大作市場では、体験のソーシャル性が増すほどに素晴らしいとされている。オンライン、シェア、継続性、発展性。プレーヤーを常時オンラインにさせるのだ。ビデオゲーム内で感じる「孤独」は、あっという間に過去の遺物になりつつある。往々にしてシングルプレー体験は有限なので、ゲームを可能な限り引き伸ばすことが求められる状況下では、ますます無用の長物と化していたのである。

だが2015年には、こうした一般常識が驚くほど希薄だった。昨年注目を独占した『Fallout 4』『Bloodborne』『The Witcher 3』『Batman: Arkham Knight』『Rise of the Tomb Raider』『Metal Gear Solid 5: The Phantom Pain』といったゲームは全て、シングルプレー体験をメインにしていた。

去年は、多くのゲーマーが1人でゲームをプレーしたのである。

そして何より、そうしたゲームは程度の差こそあれ、我々の好きにさせてくれた。大半のゲームにはマルチプレー要素がなく、しつこく聞かされた「ソーシャル要素」も、概ね寛大なものだった。こうしたゲームは、何一つ失うことなくオフラインでのプレーが可能だったのだ。『Bloodborne』の協力プレー・メカニックは例外だが、それすらも相手が退出すると孤独感が増す役割を果たしていた。

From Softwareの作品は、当然ながら最もミニマルだ。Yharnamは背筋も凍るような場所――Hunter’s Dreamを去る際には口止めされるかのよう――で、ゲーム自体が一切手引きしてくれないことも、威圧感を増している。Fromは、引き算の美学を用いて没入感の高いシングルプレー体験の新たな基準を設定し続けている。

しかし、同等のミニマリストに振り切れなかったゲームも、「抑制された自由」と言うべき自由度を提供してくれており、開発陣は決してプレーヤーに意図したルートを押し付けることなく、広大な世界を自由に探索させてくれた。『Fallout』世界で死体とホロテープが物語を語る山小屋に出くわしたり、アーカム・シティ上空を滑空する際のマントのざわめきに耳を済ませる喜びを再発見することができた。

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『Rise of The Tomb Raider』には、綿密に制御された見せ場や銃撃戦がそれなりにフィーチャーされているものの、Crystal Dynamicsは今回、実際の墓荒らしにより重きを置いている。擦り減ったロープと放置されたトロッコを駆使して広大な洞窟を探索する巧妙なパズルは、1997年のオリジナルの髣髴とさせる。こうしたセクションに道しるべは存在せず――ゲームがプレーヤーを信頼している――、そうしたパズルを解く過程には、St. Francis’ Follyのそれに匹敵する思慮深さがあると感じた。

仰々しい小島の奇抜さが目立ちがちな『Metal Gear Solid 5』でさえ、滅多にないほど孤独な体験だ。馬鹿げたプロローグが終わると、パーフェクトなキル、パーフェクトなバンテージ・ポイント、パーフェクトな救出劇を狙う根比べになるのだ。『Phantom Pain』の凄まじい規模と手応えのあるエコシステム(夜が訪れるまで長く待たねばならないことも)にはガイダンスが殆ど無く、それが『Metal Gear』に遍在する一匹狼感覚を増幅している。

そうしたゲームが「昔気質」に感じられるのも驚きではない――事実、『Bloodborne』以外は全て続編だ――が、オンラインがゲーム・デザインに不可欠な要素と見なされ、開発陣もプレーヤーが道を外れないよう監視を強めている時代において、昨年はプレーヤー自身の裁量に任されることが多かった。

そうしたゲームが話題を占めていたという事実こそ、シングルプレー体験の健在っぷりを示しているのである。

ソース: IGN

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