2017年11月01日(水)22時45分

『Detroit: Become Human』でデリケートな題材に取り組んだ意図に言及するDavid Cage氏

今週、『Heavy Rain』『Beyond: Two Souls』で知られるQuantic Dreamが新作『Detroit: Become Human』の最新予告を公開したが、児童虐待や家庭内暴力といったデリケートな題材を扱っていたことで議論を呼んでいる。

Quantic Dreamを率いるDavid Cage氏が、最新作で深刻な社会問題に取り組んだ意図を語っている。

David Cage
私は常々、ゲームやインタラクティブ性というのは、映画や文学、舞台といった他のあらゆる芸術形態と同等の表現形態であり、立派なメディアだと考えている。それを反映させたゲームを作ることは、私の義務なんだ。自分のゲームには、意味を持たせようと努力している。確かに暴力を用いているが、暴力のための暴力ではない――この物語には、そこに意味があるんだ。このアンドロイドは、命令を遂行している。人間のご主人様に「動くな!」と命令されたりね。彼女は、共感と愛情を通じて困難を乗り越え、真の自分になっていくんだ。彼女は、この少女を救いたいと思っている。その全てに意味があるし、これはあくまで大きく異なる展開を見せる長い物語の始まりに過ぎない。我々にとっては全てが大切なんだ。プレーヤーにとっても意義深いものになることを望んでいる。確かに、家庭内暴力を扱った辛いシーンだが、ゲームはそういった題材を扱うべきではないのだろうか?興味深い疑問だよ。

ビデオゲームにおけるストーリーテリングを次のレベルへと進化させるためには、通らざるを得ない道筋だとCage氏は語る。

David Cage
時間はかかるだろう。我々が『Fahrenheit』や『Heavy Rain』でゲームにおける感情に取り組んだ時は、「ゲームに感情なんて必要なのか?」と言われ、狂人扱いされたものだ。当時はそういう状況だったし、そういう質問に応えなければならなかった。今では、誰もそんな疑問を投げかけてこない。ゲームに感情を盛り込むというのは素晴らしいことだ。ゲームを向上させる。次に開拓すべきなのは、意味にあると考えている。ゲームの中で現実世界の問題を扱うことは、不適切なのだろうか?ゲームには・・・どこか軽いところがあるから、非常に難しいだろうと思う。「ただ遊ぶゲームなのだから、深刻な問題を弄ぶのは不謹慎だ」とね。我々は、「遊ぶのは確かだが、同時にインタラクトもするんだ」と言おうとしている。深刻な問題にインタラクトするというのは、つまりプレーヤーに個人的に疑問を投げかけるということであって、個人としてプレーヤーに語りかけるから興味深いんだ。「君ならどうする?君なら何を感じる?」と問いかけるんだよ。

我々は、まだ公表していないシーンの多くを何度もテストしているが、プレーヤーの反応は素晴らしい。物語に着手してキャラクターたちに共感し、目の前の出来事に揺さぶられる。それが作り手としての私の目標だ。プレーヤーを驚かせたり、気持ち悪がらせたりすることは目指していない。スキャンダルは欲していないよ。私はただ、私には語るべき強力な物語があると言っているだけだ。それは最初の一歩に過ぎないが、美しい物語なんだ。

ゲームの一場面を公開すると、すぐに「じゃあ、こういう場面が20回も続くんだな。主人公は女性で、色んな家から脱出するゲームなんだな」という反応が返ってくる。いや、そうじゃなくて、全ての場面が違う。あれは物語の中の一シーンに過ぎず、映画のように、たくさんの異なる場面が全体の物語を語っているんだよ。

深刻な題材を扱っているとはいえ、決まったメッセージをプレーヤーに押し付けるのではなく、解釈はあくまでプレーヤーに委ねられているとCage氏。

David Cage
ゲームというのは映画や本と違って、作り手が作品を好きなように作って受け手に渡してそこで終わり、受け手は何も変えることができず反応するだけ、というものではないんだ。

映画を見る時は、既に完成された映画を見る。ゲームは、作り手とプレーヤーのコラボレーションという意味で特徴的なんだ。私は選択肢の文脈を作って疑問を投げかけるが、プレーヤーの行動や振る舞い、答えを私が操ることはない。だから、一緒に作り上げていくものなんだ。私の役目は、当然ながら人類にメッセージを届けることではない――私はそこまで傲慢ではないよ――私はただ特定の疑問に興味があるだけで、人個人としての我々に関連した疑問もあれば、世界全体に関連した疑問もある。

そうした関連を見出すかどうかは、プレーヤーに委ねられていると私は考えている。全員の役目であり、コラボレーションなんだ。自分が見たいものをゲームの中に見出すわけだ。確かに私が望んで盛り込もうとしたものもあるが、こう考えるべきとか、善悪を押し付けたりすることはない。プレーヤーに解釈を委ねているんだよ。

そこがこのメディアの特徴だ。私が質問を投げかけると、プレーヤーは自分が出した答えの中に自分が望む答えを見出すことができる。しかし、それは作り手との共同作業であり、そこがこのメディアの素晴らしさだと考えている。『Detroit』が投げかけるもう一つの疑問も、非常に興味深いと考えている。それは、ビデオゲームにはメッセージを伝える正当性があるかというものだ。それとも、現実逃避のための楽しいメディアであるべきなのか?興味深い疑問だ。私は疑問を提示するだけで、答えは出していない。このゲームはそうした疑問を投げかけることになるんだよ。

ソース: GameSpot

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • カテゴリ: ニュース タグ: Detroit: Become Human