2011年06月01日(水)02時16分

【インタビュー】ゲームにおけるストーリーテリングの過去と現在

IGNが世界中の著名なゲーム・クリエーターにインタビューを敢行し、ビデオゲームにおけるストーリテリングに対する意見を聞いています。

ビデオゲームにおけるストーリーテリングは、過去10年でどこまで成熟したか?そもそも成熟したのか?

Matt Armstrong (Radical Entertainment、デザイン・ディレクター): ストーリーテリング・メディアとしてのゲームが持つ長所、短所への理解が深まった事により、ビデオゲームにおけるストーリーテリングは確実に成熟した。物語を語るのはムービー部分で、その後ゲームプレーが続くという格好で、ムービーとゲームプレーが完全に乖離している時代もあった。だがこの10年は、ビデオゲームでしかなしえないストーリーテリングを作り上げようと、ムービーとゲームプレーを融合させようという動きが活発になってきた。

こうした動きの先陣を切ったのがValveで、Half-LifeとPortalではカットシーンを全く使わずに、没入感が高く感情を揺さぶるような物語を語る事に成功している。Call of Dutyシリーズも同様で、ミッションの合間に物語を見せるのではなく、プレーヤーがゲームをプレーしながら物語を「体験」出来るよう、Infinity WardとTreyarchはゲーム世界内で物語を語るよう努力してきた。ビデオゲームの限界に甘んじて単純に映画の真似をするのではなく、今までとは全く異なるスタイルのストーリーテリングを確立したゲームが出てきた事は、非常にエキサイティングだよ。

Richard Rouse III (Ubisoft Montreal、ナレイティブ・ディレクター): 革命とまでは行かずとも、成熟したと考えている。これまでにも数多くの素晴らしい物語がゲームを通して語られてきたと思うが、その語り口や種類は大幅に変化した。当然ながら、InfocomのゲームとPortalのようなゲームを比較するのは難しい。

私にとって最も嬉しい進歩は、ゲーム中に物語を語る際、必ずしもカットシーンを使わなくても良いんだとデベロッパーが気付いた事だ。カットシーンは他のメディアからパクっただけだと感じているし、我々の強みにはならない。現在ではゲーム世界も素晴らしい出来になっているから、環境やプリレンダ・ムービーではなく実際にプレーヤーが操作するキャラクターを通して、物語の多くを語る事が出来るようになった。

Valve作品やBioShock、Modern Warfareは、プレーヤーから操作を奪わずに物語を語る術を見せてくれる。Unchartedや最近のPrince of Persiaには出来の良いカットシーンがあるが、同時にゲームプレーや環境、多くの時間を共にするキャラクターを通して物語を語ってくれる。カットシーンの活用法が巧みになるほど、映画から独立した独自の表現を確立する事が可能になる。

Kevin Shortt (Ubisoft Montreal、ストーリー・デザイナー): 勿論、成熟したと考えている。ストーリーテリングがゲーム体験において不可欠な要素だという事が、ゲーム業界に幅広く認識されたのが最も大きな変化だろう。RockstarはGTA、特にGTA: San Andreasで大きな貢献を果たした。彼らはゲームに登場するキャラクターに力を入れ始め、大人向けの個性を持ったキャラクターを創造し、ゲーマーたちに愛されたんだ。

プレーヤーが奥深い体験を求める時代になった。ゲーム世界が豊かでディテールに富んだものになるほど、キャラクターやアドベンチャーそのものにも同等のレベルを求めるようになる。特筆すべき物語は10年前には非常に少なかったが、今では充実した物語や魅力的なキャラクターが登場するゲームが毎年発売されている。

Casey Hudson (BioWare、エグゼクティブ・プロデューサー): ビデオゲームにおけるストーリーテリングは、この10年で大幅に成熟した。メディアの成熟度を計る一つの方法は、ゲーム独特の要素をどれほど巧みに活用出来ているかを見る事だ。洗練された映画的ストーリーテリングの原語をまだ発展させる事が出来ていなかった初期の映画のように、このメディアのインタラクティブ性を活かした素晴らしいストーリーテリングが持つ感情的インパクトが織り込まれたフィーチャーやコンテンツは、初期のゲームには存在しなかった。ゲームにおいて、インタラクティブ性は核となる要素だ。最高の現代ビデオゲームというのは、インタラクティブ性にストーリーテリングや感情を持ち込むために、非常に興味深い試みを実践しているよ。

Rob Matthews (Eurocom、プロダクト・マネージャー): 過去10〜15年を振り返ると、魅力的な物語への評価が高まってきていて、この業界も物語とテクニックの両面で成熟し続けていくだろう。

インスピレーションの源として、映画やテレビ以外にも幅広いアート・フォームを含めて限界を広げてきたと感じているし、視野の狭さに悩まされる事もあるが、将来に関しては楽観的だよ。

上田文人 (Team ICO、ディレクター/リード・デザイナー): ビデオゲームにおけるストーリーテリングは、この10年でもあまり成熟していないと思っている。現在は2種類のテクニックがあって、一つは有機的(テキスト→ボイス→演技などのビジュアル情報)にプレーヤーとコミュニケートするやり方。もう一つは、俳句のようにプレーヤーに与える情報量を制限し、残りをプレーヤーの創造力に委ねるやり方だ。私がプロデュースしたICOとワンダと巨像では、この両方のテクニックを用いた。

halflife21.jpgHalf-Life 2

Jan-Bart van Beek (Guerrilla Games、アート・ディレクター): 多くの人が気付いている以上に成熟したよ。この10年間にはIcoやHalf-Life 2、Uncharted 2などがあり、他にもゲームの歴史で最も優れたRPGが数多く登場した。ビデオゲームの短い歴史におけるハイライトであるかのように、90年代や80年代に思い入れのあるゲーマーも少なくないだろう。

勿論、当時のゲームにも素晴らしいゲームが数多く作られていたし、中には素晴らしいゲームプレーだけでなく、優れたキャラクターと当時最高のグラフィックを備えたものもあった。だが、ゲームというのはあっという間に古くなってしまうものだ。記憶では突出した物語だと感じていても、今再びプレーしてみると、酷い出来だと感じる事が多いだろう。これは、大作ゲームの完成度の水準が上がり続けている事だけでなく、成熟したプレーヤーがゲームに対して極めて批評的になっている事が原因だろう。

Matt Tieger (High Moon Studios、ゲーム・ディレクター): ゲーム業界としては、改善されてきたと感じている。プレーヤーは物語的に重要な多くのイベントに積極的に参加する事になるが、そうした行動の裏にある感情的な動機を喚起するところまでは実現出来ていない。

Ken Levine (2K Marin、クリエイティブ・ディレクター): 私は少々偏った見方をしている。メデアの成熟度を考える時、ゲーム・メディアだけで可能な表現を実践しているかどうかが重要だ。映画やテレビ番組と同じくらい上手くやれているか、という点には興味がない。それなら映画やテレビを見れば済む事だからね。カットシーン以外で物語を語るという面では、10年前よりも大幅に優れている。

Jack Scalici (2K Marin、プロダクション・ディレクター): 私は今でも、10年以上前の幾つかのゲームがあらゆるメディアの中で最も素晴らしいストーリーテリングを有していると考えているので、当時はストーリーテリングの極意を知り尽くしている人がいたんだろう。私が成熟したと考えているのは、業界全体のストーリーテリングへの姿勢だ。10年前は、試みようとする会社すら殆どなかった。現在は、物語はもう後付ではなくなり、デベロッパーも物語を磨き上げるためだけの人材をようやく配置するようになった。

本当の意味で成熟したのはテクノロジーだろう。現在我々が手にしているストーリーテリングに使用されるツールは、10年前よりもはるかに優れている。10年前に人間キャラクターを使って感情を揺さぶるようなシーンを作ろうと思ったら、数ヶ月の期間と大量の予算を投じて、アニメーション・スタジオを起用せざるを得なかった。今では、全てゲーム・エンジン内で数週間以内に済んでしまう。

物語に命を吹き込むためにプロの俳優を起用する事が多いが、そうした俳優たちも10年前よりゲームを真剣に捉えてくれるようになった。最近私が仕事をした俳優たちの多くはゲームをプレーして育っているので、我々が何を成し遂げたいのか、瞬時に理解してくれるんだ。ビデオゲームではお馴染みの「グレネード!」といった台詞を、ビデオゲームを一度もプレーした事がない俳優にちゃんと演技してもらうのがどれほど大変か、知ったら驚くだろうね。

Mark Healey (Media Molecule、共同設立者): 最近はあまり多くのゲームをプレーしていなくて、入り組んだ長い物語のあるようなゲームは特にプレー出来ていないので、全体像をあまり把握出来ていない。私自身はカジュアル・ゲームが好みなのだが、知っている範囲で言うと、成熟はしているが、そこまでではないだろう。個人的には、Heavy Rainが突出していると考えている。映画の役を演じていると感じさせられたゲームは初めてだったからね。でも、俳優や脚本を用いた映画で語られる物語でさえ、私が優れた物語を語る際の最高のメディアだと感じている小説の劣化版である事が多い。私は最近The Dream Machineというポイント&クリック・アドベンチャーをプレーしているが、すっかり魅了されてしまっている。まだあまり先には進んでいないが、非常にクールな物語が展開されている。

稲葉敦志 (Platinum Games): ビデオゲームというのは、クリエーターがプレーヤーの感情をコントロールする事が出来るメディアだ。昔ながらのゲーマーにとって、物語はそれほど重要でないかもしれないが、現在はより高度な体験が求められていて、ストーリーテリングの成長への需要が急速に拡大している。ビデオゲームにおけるストーリーテリングの現時点での成熟度が理想的だとは考えていないし、将来的には更に高いレベルが求められる事になるだろう。

ico.jpgIco

David Cage (Quantic Dream、設立者): ビデオゲームにおけるストーリーテリングが、過去10年で成熟したとは思っていない。それには多くの理由があって、まずビデオゲームは未だに、敵を撃ったり何かを破壊したり、足場にジャンプしたりといった、肉体的アクションに基づいたものが殆どだという事だ。主人公が10の基本的な肉体アクションしか行えない場合、まともな物語を語る事は不可能だ。

次に、ゲームの多くはB級映画や大作映画を参考にしているが、ストーリーテリングという意味でこれは理想的とは言えない。ドラマやコメディ、悲劇といったジャンルは、現在のゲームが持つ限界の中では機能しないが、優れたストーリーテリングの本質を構成するジャンルであり、そこを真剣に模索している作り手は殆どいない。

事実、ストーリーテリングが成熟していない理由の一つが、そこに価値を置く人間が非常に少ないからだ。敵や武器が沢山出てくればストーリーテリングなど重要ではないと考えるパブリッシャーは多いし、あくまで「あれば嬉しい」が不可欠ではないと考えているゲーマーもいる。これは大きな間違いだと考えている。

作家の問題もある。我々は作家よりもプログラマーを相手にする方を好む傾向があるが、これはプログラマーが自らの管理下にあると感じているからだ。作家は新しいアイディアを持ち込む事があり、これが問題となる。1フレームでどれだけの粒子を表示出来るかという事よりも、作り手がどんな物語を語り、プレーヤーが何を感じるかが重要だ。

Dave Grossman (Telltale Games、シニア・デザイナー): 演出やゲームプレーに支えられた、全体のムードや空気感を作り出す事にかけては巧みになってきた。画面上のキャラクターたちは、少なくとも体つきや顔に関しては以前よりも優れた俳優だ。デザイナーたちは物語構造や文脈、背景、テーマ、比喩といった文学的な考え方をするようになって来ている。比喩だよ!優れたストーリーテリングにはまだまだ改善の余地があるし、我々も力不足な部分がまだ多々あるが、興奮させられるよ。

Dave Anthony (Treyarch、プロダクションVP): 真実味のあるパフォーマンスを安定して実現出来ている点に、最も大きな進歩があると考えている。数年前までは、ゲーム世界とカットシーンの間に大きな隔たりが存在した。現在はゲーム中のグラフィックも非常に現実的になっているし、繊細なアニメーションや一流のハリウッド俳優によるパフォーマンスもあり、ビデオゲームにおけるストーリーテリング少なくともメインストリーム映画に匹敵するレベルまで到達している。

Steve Papoutsis (Visceral Games、エグゼクティブ・プロデューサー): ゲームのハードウェアと同様に、デベロッパーの物語を語る能力も進化した。昔のゲームは、テキストでプレーヤーに何が起きているかを伝えていた。今ではフル・ボイス、顔や体全体のモーション・キャプチャー、サラウンド・サウンドに加え、驚異的なビジュアルもある。これらの要素のお陰で、ゲームの作り手たちは奥の深いストーリーテリングを模索し、充実した物語を提供する事が可能となっている。

ビデオゲームにおけるストーリーテリングは、他メディアと比較してどこまで洗練されているか?障害はあるか?

Matt Armstrong (Radical Entertainment、デザイン・ディレクター): 洗練という点に関しては、ゲーム、映画、小説を直接比較するのは困難。それぞれのメディアには異なるチャレンジがあり、特定のタイプのストーリーテリングに適している。結果として、ビデオゲームでは他のメディアと大きく異なる形での洗練を目にする事になるんだ。村上春樹の「ノルウェーの森」のような小説が持つ、複雑で入り組んだ極めて人間的な感情や人間関係を、ビデオゲームという限られた枠組みの中で表現する事は不可能だ。

だが、Mass EffectやDragon Ageのようなゲームでは、人間関係の複雑さや難しさといった似たような問題を、全く異なる格好で扱っている。決断による結果を提示する前に、プレーヤーに自らの道徳や個性を表現させてくれるんだ。これが同様のトピックを扱った他のメディアよりも洗練されていないという事は決してなく、ただ全く異なる格好で表現されているだけで、それにより全く異なった視点や見返りが提供される事になる。

Richard Rouse III (Ubisoft Montreal、ナレイティブ・ディレクター): 「洗練」とはどれほど成熟しているか、という意味かな?まだ充分には成熟していないと考えているが、まだ始まったばかりだ。物語のあるゲームが作られ始めてから30年余りが経つが、未知の領域に足を踏み入れ始めたところだと思っている。映画というのは、演劇をフィルムに収めたメディアという側面がある。小説はというと、フレージング無しで書かれた壮大な詩に過ぎない。それらは全て、何千年にも渡って存在している直線的なストーリーテリングに根ざしたものだ。ゲームには他のメディアに負けないくらい豊かなストーリーテリングを実現するポテンシャルがあるが、我々はまだ模索している最中だ。

Kevin Shortt (Ubisoft Montreal、ストーリー・デザイナー): 端的に言って、小説や演劇、テレビや映画などと比較すると、ゲームの物語はマイナー・リーグに過ぎない。インタラクティブなメディアである、という点がゲームのユニークなところだ。インタラクティブ性によって、未知の領域だらけのエキサイティングな世界をゲームに盛り込む事が可能になっている。だが、物語のリズムを乱す要因にもなってしまうんだ。力強い物語というのは、優れたリズムと適切なペース配分が不可欠だ。

覚えておかねばならないのは、ゲームは必ずしもプレーヤーの物語を追うだけものではないという事だ。そこにインタラクティブな体験を盛り込もうとしていて、その体験の中に我々の物語を織り込んでいく必要がある。プレーヤーに物語を押し付けるのではなく、ゲームのインタラクティブな特性に忠実でなければならない。そのための最良の方法を今模索しているところだよ。洗練された物語を作り上げるという点に関して、メジャー・リーグに昇格させるためには更なる努力を続けていかなければならないだろう。

Dave Anthony (Treyarch、プロダクションVP): 「デベロッパーが全てを行う」というモデルから離れる必要があるだろう。Black Opsで脚本家のデビッド・ゴイヤー氏と仕事をした経験は、物語やキャラクター、テーマを発展させていく際には最初から外部のワールド・クラスの人材を招き入れる事が必須である事を教えてくれた。デベロッパーは優秀な人材を多く抱えているため、常に自分たちだけで全てをこなそうという誘惑に駆られてしまうものなんだ。

cod1.jpgCall of Duty: Black Ops

David Cage (Quantic Dream、創設者): インタラクティブ・ストーリーテリングは、直線的なそれよりもはるかに複雑になる。まずなにより、インタラクティブ・ストーリーテリングは直線的ストーリーテリングの全てのルールを含んでいるため、そうした基本をマスターしていないと、インタラクティブなメディアで面白い物語を書く事など不可能だ。

だが勿論、全く異なるメディアであるため、直線的ストーリーテリングに長けているというだけでは不十分だ。私にとっては、2Dの脚本と3Dの脚本の違いだ。映画では、時間軸は直線的に進行し、登場人物たちも一つの道筋を進んでいく。これが2Dだ。インタラクティブ・ストーリーテリングでは、時間軸の進行はプレーヤーに委ねられているし、異なる様々な道筋が存在する可能性を秘めている。脚本がプレーヤーがコントロールする3次元のものとなり、作家はこれに対処しなければならない。

我々が直面する主なチャレンジは、インタラクティブ・ストーリーテリングの特性や複雑さを理解する作家は極めて少ないという点だ。彼らのアプローチの多くは、「私は映画を書いているから、当然ビデオゲームも書ける」というものか、「Call of Dutyをプレーしているから、ビデオゲームの事は理解している」のどちらかだ。インタラクティブの特性を時間をかけて学ぶ準備がある人はまずいないのが現状だ。

逆に、インタラクティブ作家を配し、時間と権限を与えている開発チームは殆どない。

私にとっては、開発初期段階から作家と話し合いをするのが不可欠だ。ステージを繋ぐ脚本をベータ完成の2週間前に提供するだけでなく、作家が開発チームの中でゲーム・デザインに関わる必要があるんだ。語り部は開発の心であり魂でなければならず、開発チームと密に協力しなければならないが、これは現状では極めてレアなケースだ。

キーとなる問題は、カットシーンではなくゲームプレーを通じてインタラクティブな物語を語る術を見出す事にある。理想的にはプレーヤーの行動や選択に委ねられるべき。ステージ間のカットシーンで物語を進めるのではなく、プレーヤーが自らプレーする事で物語を語っていくんだ。

Steve Papoutsis (Visceral Games、エグゼクティブ・プロデューサー): 現代のストーリーテリングを牽引しているのがビデオゲームだと考えている。映画や小説も物語を語っているが、ゲームなら物語を体験し干渉する事が出来る。ストーリーテリングにおいて作り手の障害になっているのは、彼らの創造力と予算、そして時間だけだ。デベロッパーたちが自らのアイディアを実現出来るところまでゲーム機とPCは進歩したが、時間とリソースが足りない。当然、素晴らしいゲーム・コンセプト、手堅いゲームプレー、最高の物語を作り上げる事は不可欠だ。

Dave Grossman (Telltale Games、シニア・デザイナー): 映画や小説のように物語を語る事に特化したメディアと比べると、ゲームの物語は洗練とは程遠い。それには多くの理由がある。まず、ゲームはメディアとして比較的新しいため、便利なストーリーテリングのツールを数多く生み出せていない。次に、ゲームには物語上のゴール以外の第一次的な目標が存在する。何よりもまずゲームとして楽しくなくてはいけないから、これが選択肢を狭めている。

例えば、食事がストーリーテリングのメディアになったと想像してみて欲しい。それが物語にとってはベストだと判断しても、まずは食べて美味しい食事でなければいけないから、モーター・オイルを使おうとは思わないだろう。ゲームも同じで、物語を強固にする上で最適な要素であっても、それが原因でゲームがつまらなくなってしまったらダメなんだ。一つの長いカットシーンだけのゲームならば、映画と完全に同じくらい洗練されたストーリーテリングを実現する事も容易だろうが、誰もそんなゲームを作らないよう願っているよ。

1091.jpgHeavy Rain

Ken Levine (2K Marin、クリエイティブ・ディレクター): より洗練されているかどうかは分からない。面白い議論にはならないだろう。全く違うんだ。少なくとも、ベストの状態ならね。一番の障害は、「マトリックスのあのシーン見たか?クールだよな。あのシーンを再現しよう!俳優の変わりにローポリで!」という考え方のデベロッパーだよ。

Jack Scalici (2K Marin、プロダクション・ディレクター): ゲームにおけるストーリーテリングは、これ以上ないほど洗練されている。これは、ユーザーが我々の物語の積極的な参加者になるからだ。他のメディアでは、登場人物たちに心から感情移入してもらう事を願うのが到達点だ。ゲームでは、ユーザーが物語のキャラクターになり、その世界に直接的なインパクトを与える事が出来る。他のメディアよりも一つ深いレベルに踏み込んでいるんだ。スクリーン上で危機に陥っている赤の他人ではなく、プレーヤーそのものだ。

ゲームのストーリーテリングで深刻な障害になっていると感じるのは、殆どのレビュワーが物語を気にかけてくれないという点だ。その語り口や台詞、キャラクターといった物語の問題点を批判しながらも、ゲームプレーが楽しくてグラフィックが美しく、そこそこのマルチプレー・モードがあるからという理由で8点を付けているようなレビューを沢山目にしてきた。出来の悪い物語やストーリーテリングによって減点されるようにならないと、何も変わらないだろう。良いゲームに貧弱な物語を詰め込んだり、良い物語を台無しにする語り口だったりした場合でも、デベロッパーが高い点数を目にすれば、自分たちをゲーム界のシェイクスピアだと思ってしまう。マルチプレーや他の様々な要素とシングルプレーは、個別にスコアを付けるべきだろう。

稲葉敦志 (Platinum Games): 映画や小説と違い、ゲームはプレーヤーの関与があって初めて完成する。必然的に高いレベルの感情移入をもたらす事となり、物語自体は陳腐だったとしても、質の高いゲームプレーだけでプレーヤーを満足させる事が可能となる。だが、プレーヤーは高品質の物語とゲームプレーの両方を求めるようになっている。その2つが巧みに融合すれば、他メディアの追随を許さない体験を作り出す事が出来るだろう。映画やテレビの作家がゲーム業界に流れ込んでいるので、このプロセスは今後促進されていくだろう。

上田文人 (Team ICO、ディレクター/リード・デザイナー): 本音を言うと、ビデオゲームはストーリーテリングに適したメディアとは思っていない。物語が複雑な場合は特にそうだ。ビデオゲームにおけるゲーム要素が問題となるんだ。一方通行のストーリーテリングが優れていればいるほど、ゲーム要素が物語の進行を妨げる負荷になりかねない。

Jan-Bart van Beek (Guerrilla Games、アート・ディレクター): ゲームにおけるストーリーテリングは、一部の例外を除き、殆どの場合まだ未熟な状態だ。ゲームプレーとグラフィック、ストーリーテリングのバランスを取るのが初期段階では困難であるという事実が原因の一つだろう。極めて成熟した開発チームだけが、この3つの要素のバランスを完璧に取る事が出来る。殆どの開発チームはゲームプレーかグラフィックのどちらかに長けた状態でスタートするが、ストーリーテリングに長けているからとゲーム開発を始めるチームは殆どない。だから殆どの場合、チームが成熟していく過程で最後に打ち破らなければならない壁がストーリーテリングなんだ。ゲームプレーやグラフィックに合うためにストーリーテリングを改造するのは極めて難しく、結果的に質が高いものにならない。

Tomasz Gop (CD Projekt、シニア・プロデューサー): 高価なんだ。直線的でないゲームというのは、例えば映画などとは全く異なっているし、インタラクティブ性も同様だ。ようやく本当に物語を語るゲームが出始めたところだと思っている。面白いインタラクティブな本を思い起こさせるよ。優れた本と同じだが、読みながら書くという感じだ。

masseffect20.jpgMass Effect

Matt Tieger (High Moon Studios、ゲーム・ディレクター): ストーリーテリングを映画業界の物差しで計る人は多いが、正直な話、2つの理由で適切な比較だとは思っていない。まず、私自身は映画の仕事をした事はないが、私の理解では脚本こそ全てで、撮影中にテクノロジーが変化する事もないはずだ。だがゲームはというと、流砂の上に成り立っているようなもので、テクノロジーやメカニック、世界すら開発中に進化していく。プランを立てても無駄なんだ。次に、ゲームと映画は消化のされ方が違う。映画は一度に最後まで見るメディアだが、ゲームはそうじゃない。ゲームで機能するなら映画でも機能すると思い込むのは間違っている。この2つは全く異なるメディアなんだ。

Casey Hudson (BioWare、エグゼクティブ・プロデューサー): 現在は、他メディアと同じくらい洗練されたストーリーテリングがゲームでも可能だと思う。だがある意味、ビデオゲームの物語が持つインタラクティブ性がもたらす余分な次元が加わる事で、作り手にとっては要求が増す格好になる。例えばMass Effect 3では、新規か過去作から引き継ぐかによって、物語のスタート・ポイントが全く違うんだ。そこからも、プレーヤーが下す決断に応じて物語が分岐し続けていく。技術的に複雑なのは勿論だが、印象的な小説や映画のような、巧妙に練り上げられていると感じられる作品に仕上げる必要がある。

Mark Healey (Media Molecule、共同設立者): 障害があるとは考えていない。他メディアで可能な事は、全てビデオゲームでも可能だ。事実、私はビデオゲームこそ全てのメディアの真のるつぼだと考えているから、言い訳など出来ないよ。そこに問題があるのかもしれない。オモチャに囲まれた子供のように、語り口の種類が豊富すぎてどの方法を用いたら良いのか分からなくなっている。

Rob Matthews (Eurocom、プロダクト・マネージャー): 様々なエンターテイメント・メディアに求められる関与、献身、相互干渉には隔たりがあるので、直接的な比較は少々フェアではないと思う。物語を語るためのテクノロジーは障害にはならなくなっているが、映画やテレビ、文学のような多様性に欠けている。

Eurocomで試みたアプローチの一つで大成功を収めたのは、起用した俳優に声だけでなく容姿や演技も提供してもらうやり方だ。GoldenEye 007ではとても上手く行ったし、今では物語主導のゲームを成功させるために多くのデベロッパーが採用するやり方になっているようだ。

障害という面では、確かに性やアルコール、宗教といった題材を映画や舞台、文学と同じレベルで掘り下げたゲームに出会う事は殆どない。だが、言い訳を探すべきではない。ゲーム固有のチャレンジが存在するが、逆に他のメディアの作り手にはない膨大な量のツールが我々にはある。映画、舞台、テレビ、文学と同じくらい、アート・フォームとして尊重され受け入れられる時代はまだ先だが、あともう少しだよ。

[ソース: IGN]

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