2011年06月06日(月)19時13分

【インタビュー】ゲームにおけるストーリーテリングのプレーヤーとチャレンジ

IGNが世界中の著名なゲーム・クリエーターにインタビューを敢行。この第2弾では、ビデオゲームにおけるストーリテリングの難しい点やゲームプレー、プレーヤーとの関わりについて聞いています。

視聴者が積極的な参加者となるビデオゲームで物語を語る上でのチャレンジとは?

Matt Armstrong (Radical Entertainment、デザイン・ディレクター): ゲームにおけるストーリーテリングで最大のチャレンジは、プレーヤーの考え方だろう。映画を見たり小説を読んだりする時は、自らを極めて受動的な心理状態に置く。目の前に提示される物語を、ゆっくりとリラックスして処理していくんだ。ビデオゲームをプレーする時は全く異なっていて、アドレナリンとエンドルフィンが流れ出し、プレーヤーのモチベーションはゲームが提示するチャレンジを乗り越える事が中心となる。結果として夢中でゲームをプレーする人たちが受身でなくなり、その代わりにプレーヤーの興味を失う事無く語る事が出来る物語のスケールを限定してしまう。

Richard Rouse III (Ubisoft Montreal、ナレイティブ・ディレクター): 最大のチャレンジは、ゲームのメカニックやシステムにマッチした新鮮で独創的な物語を見つける事だ。主人公はゲームプレーに合ったアクションに携わり、それが何とか物語を前に進めていく。これは勿論、アクション・アドベンチャー、FPS、ストラテジー、音楽ゲームなど、ゲームプレーの種類によって大きく変わる。ゲームで語る事が出来る物語の種類が、大きく限定されてしまうんだ。

小説や映画に適した物語があるように、ゲームに最適の物語も存在する。ゲームというのは、既存のファンタジーにプレーヤーを当てはめる事が多い。「俺はロックスターだ」とか「俺は暗殺者だ」とか、宇宙海兵隊や人生を狂わされた一般人だとか。最終的に、プレーヤーが体験したいと望むものだ。そこからゲーム開発がスタートする事も多く、メカニックやフィーチャーもそうしたファンタジーを形にするためのものになる。そういう意味で、多くのゲームはプロットの詳細を練りこむ以前の大まかなあらすじや、願望ファンタジーからスタートするんだ。そういう観点から物語にアプローチすれば、ゲームプレーにマッチする物語を生み出すのは、他のメディアと比較してもそれほど難しい事ではない。

1827.jpgAssassin’s Creed II

Kevin Shortt (Ubisoft Montreal、ストーリー・デザイナー): 大きなチャレンジの一つは、プレーヤーの注意を維持させる事にある。当然、これはあらゆるストーリーテリングに言える事だが、ゲームの場合はゲームプレーと競い合う格好になり、だからこそゲームプレーと物語が協力していかなければならない。二流の物語を取って付けるのではなく、物語とゲームプレーをシームレスに融合する事が目標だ。

ゲーム・デザインのチームとストーリー・デザインのチームは、どうすればより密接に共同作業が出来るか模索している。Ubisoftでは、大幅に前進しているよ。Assassin’s Creed IIが良い例だが、今後も努力が必要だ。

Dave Anthony (Treyarch、プロダクションVP): プレーヤーの居場所を正確に予測し、押し付けがましさを感じさせる事無く、その周辺にアクションを配置する事が最大のチャレンジだ。「カットシーンに飛ぶ」という感覚を避ける事が、没入感を維持し、シームレスなストーリーテリングを実現する事に繋がる。理想的なのは、レールの上に乗っていると感じさせずに、門をくぐらせるテクニックを導入する事だ。

David Cage (Quantic Dream、創設者): 主な問題は、物語の主人公をコントロールせず、同時にプレーヤーの望む行動を予期しつつ、必要なアセットを製作する必要がある事だ。これを実現するために、私は選択に明確な文脈が存在する状況を作り出すというトリックを用いている。これにより、プレーヤーの選択肢を文脈上筋が通る程度に限定する事が出来る。何でも好きに出来ると感じさせながら、実際は文脈上論理的な事しかしていないんだ。そういう選択肢なら、予期して実装出来る。

プレーヤーが自由に何でも出来る、目に見えない境界線を作り上げる事が全てだ。その境界線が狭すぎると、ゲームは一本道で退屈になってしまう。逆にあまりに広すぎると、今度は選択肢が多過ぎてプレーヤーが迷ってしまうし、殆どのプレーヤーが目にする事のないアセットを沢山作らなければならなくなるんだ。自由を謳歌できる旅のように見えつつ、作家が常に管理している状態。この最適なバランスを取る事がチャレンジだ。

Steve Papoutsis (Visceral、エグゼクティブ・プロデューサー): Dead Spaceチームが常に直面する最大のチャレンジは、我々が意図する対象にプレーヤーの注意を向ける事だ。つまり、Dead Space 2ではプレーヤーが常にキャラクターを操作している状態にあるよう心掛けたが、ホラー演出や物語上重要な演出を展開した際、プレーヤーが全く違う方向を向いてしまっている場合があるんだ。最終的には、プレーヤーの手に行動を委ねる方向に傾いたが、質の高い物語要素でプレーヤーを釘付けにするのが、我々開発チームの役割なんだ。

Dave Grossman (Telltale Games、シニア・デザイナー): プレーヤーに力を与えるというのは、物語における語り部の独裁性をある程度譲り渡す事を意味する。ペース配分やイベントの配置などに頼る事が出来なくなるんだ。他メディアにおける一本道のストーリーテリングに慣れた人間はたじろぐかもしれない。他メディアでは、そうした要素が作品にとって欠く事の出来ない部分だからね。だが、Dungeons and Dragonsの良セッションに参加した事がある人間なら、それ以外にも物語を語る方法はあると知っているだろう。観客に向かって物語を語るのではなく、観客と共に物語を語るんだ。これはとてもパワフルになりえる。

Ken Levine (Irrational Games、クリエイティブ・ディレクター): 気が滅入るほど沢山のチャレンジがあるが、ネガティブはポジティブだ。あるシーンを作っている時は、プレーヤーが好ましくない振る舞いをしてそのシーンを台無しにしてしまうという懸念があるが、逆に台無しに出来るという能力がプレーヤーに権限を与え、プレーヤーに何の権限も無い場合より、その瞬間をより楽しむ事が出来るんだ。

Jonathan Pelling (2K Marin、クリエイティブ・ディレクター): 何を成し遂げたいかによるだろう。例えば、「第一参加者」という言葉は、Modern Warfareのようなゲームと、ワンダと巨像やPlanescape Tormentのようなゲームにとって、全く異なる意味合いを持つ。筋が通っていて、ペース配分が上手く、面白い物語を作るというチャレンジは共通しているが、Modern Warfareはプレーヤーをその瞬間に引き込み、アドレナリンを絶やさせないようにする事が目的だが、ワンダと巨像やPlanescape Tormentでは、奥深い感情や知的投資をゆっくりと喚起し、それを利用していく。両極端だが、どちらも類稀な才能が必要とされる仕事だ。

Jack Scalici (2K Marin、プロダクション・ディレクター): 最大のチャレンジの一つは、プレーヤーがどのように物語を体験するか予測出来ない事だ。説明しよう。

もし私が映画を撮影しているとすると、観客は2時間ちょっとの間席に座って、私が語る物語を体験してくれると私は分かっている。だがゲームの場合、物語は10時間から30時間に及び、数週間かそれ以上に分断された形で体験される。だから、ゲームをプレーし始めて、2週間ほど休暇をとり、その後プレーを再開した場合でも、即座に物語に復帰出来るようにしなければならない。テレビ・シリーズも似たようなチャレンジに直面しているかもしれないね。

もう一つのチャレンジは、プレーヤーに選択肢があるという点だ。そのゲーム世界の中で主人公が得るべき適した自由をプレーヤーに与えたい。だが、選択肢が多過ぎてしまうと、物語が破綻してしまう事になりかねないんだ。

稲葉敦志 (Platinum Games、プロデューサー): 前述したように、ゲームはプレーヤーの関与があって初めて完成するメディアだ。ゲームプレー自体が感情を喚起するのだから、物語もそうした感情の最高点とシンクロしなければならない。脚本がどれほど素晴らしくとも、物語の感情的リズムがゲームプレーと調和していなかったら、高い評価を得るのは難しいだろう。

上田文人 (Team ICO、ディレクター/リード・デザイナー): 映画などの一方通行のメディアの場合、物語の興奮や楽しさは、キャラクターたちの意外な行動にある。だが、ビデオゲームにおける主人公、つまりプレーヤーは常に予測不可能な選択肢を選ぶとは限らないので、一方通行のメディアと比べて、意外性をゲームに持ち込む事は非常に難しい。それでも、物語そのものと語り口はイコールだとは思っていない。

Jan-Bart van Beek (Guerrilla Games、アート・ディレクター): 純粋なグラフィック・パワーはマスターするのが最も簡単だから、今後10年でどんどん重要性が薄れていくだろう。これにより、ゲームプレーとストーリーのデザインに尽力する事が可能になる。結局のところ、物語を語るのを難しくするのは、ゲームプレーやインタラクティブ性のせいじゃなく、プレーヤーに与える選択肢の分量だ。プレーヤーは、より優れた物語か豊富な選択肢か、どちらかを選択しなければならない。

2421.jpgDead Space 2

Tomasz Gop (CD Projekt、シニア・プロデューサー): つまりはこういう事だ。物語を作り、自分が好きなやり方でプレーヤーに伝えたいと願う。そしてフォーカス・テストを始めると、ありとあらゆる誤解が噴出するので、バグや誤用という見方はしないように強いる。上手くやれば、物語を調節してより多くの幅広いプレーヤーに合わせる事が出来るだろう。それがチャレンジだ。少なくとも、純血デザイナーにとってはね。

Matt Tieger (High Moon Studios、ゲーム・ディレクター): 優れた映画や小説の場合、受け手はキャラクターの中に自分の姿(もしくは自分がなりたいと願う姿)を見る。だから意義があるんだ。ゲームは根本的に異なっていて、出来事を目撃するのではなく、自らが動かしているので、感情移入もより深くなる。そのキャラクターの内面にプレーヤー自らの断片しか見出せない場合、他メディアではそれでも充分なのだが、ゲームだとそれほど感情移入出来ないんだ。

物語への積極的な参加者として、自分の行動が自然で意味があると感じる必要がある。それが難しいんだ。受け手全員に同じくらい深く感情移入をさせるのは、極めて困難だからね。それで感動してくれる人もいるかも知れないが、誰もが同じように引き込まれるような事にはならないんだ。

Casey Hudson (BioWare、エグゼクティブ・プロデューサー): 体験の全てがインタラクティブであるべきだ。当然そこには物語が含まれるが、インタラクティブ性が皆無の物語を有するゲームが実に多い。物語上の出来事や結果に何一つ影響を与えずに、かなりの長さのゲームをプレーする事になる。だが、物語を形作る自由をプレーヤーに与えてしまうと、ゲーム・デザインにおける最大のチャレンジに直面する事になる。デザイナーと作家は、各プロットを発展させていく上でストーリー・アークの複数のバージョンを考慮しながら、文字通り多次元的な物語を書く必要がある。

Mark Healey (Media Molecule、共同設立者): 質問が答えになっているよ。「積極的な参加者になる」という事だ。ゲームはインタラクティブな体験なので、プレーヤーの自由意志と固定されたプロットのバランスを取るのは難しい。ゲームプレーの種類次第かもしれない。

Rob Matthews (Eurocom、プロダクト・マネージャー): いわゆる物語に殆ど興味がなく、ただプレーしたい人間と、プレーとストーリーテリングの両方を楽しみたい人間の間には、それほど違いはないと思っている。奥の深い世界と魅力的な物語を構築しながらも、あまりに押し付けがましかったり、時間や関与を求めすぎたりしないように、丁度良いバランスを見つける事がチャレンジとなる。

例えばGoldenEye 007では、敵キャラに哀愁や人間性を注入しようとした。ロシア兵の会話を良く聞くと、労働環境や女房について愚痴っていたり、飛行機恐怖症の傭兵Janusの話をしていたり、同僚の死を悼んでいたりする。

とはいえ、カットシーンの最中に起こる事だけにストーリーテリングを委ねるべきではない。キャラクターの容姿や動作、環境や小道具のデザイン、オーディオ・デザイン、音楽、特殊効果、ユーザー・インターフェースに至るまで、数多くの間接的ストーリーテリング方法がある。それらの要素全てが、プレーヤーをゲーム世界に引き込む上で重要な役割を果たし、物語を支えてくれる。批評的も商業的に成功した最近の物語主導型ゲームを見ると、デザインとプロダクションに全体論的アプローチを取っている事が往々にしてある。全ての要素が上手くまとまっていて嘘っぽさが無く、お陰で世界や物語はより魅力的で真実味溢れるものとなる。

現代ビデオゲームにおいて、ゲームプレーと物語は調和しないのか?プレーヤーの行動をその周辺の物語と融合させるのはどれほど困難か?

Matt Armstrong (Radical Entertainment、デザイン・ディレクター): ジャンルによって変わってくるだろう。破壊的で場違いな行動を取る機会が極めて限られているUnchartedやCall of Dutyのようなゲームの主人公の場合なら、プレーヤーの行動の安定性を維持するのは比較的簡単だ。主人公の性格や目的と正反対の行動を取る自由が与えられているGTAやRed Dead、Assassin’s Creedのようなオープン・ワールド・ゲームの場合は、非常に困難になる。

GTA IVのNiko Bellicが良い例だ。根っこの部分ではNikoはバランスの取れた道徳的に筋の通った人間だが、暗い過去のせいで意思に反して犯罪活動に手を染めざるをえなくなっていく。その犯罪行為も、対象になるのはいつも反道徳的で自業自得な連中ばかり。Nikoが自主的に武器を取るのは、友人や家族の命が脅された時だけなんだ。だが、メインの物語の外側になると、プレーヤーは100マイルで車を飛ばして通行人を轢きまくったり、売春婦とやってから殺して金を奪ったり出来る。こうした行動はカットシーンで見る事が出来る「本物の」Nikoとは矛盾するが、プレーヤーはその2つを区別して考えているから、物語を損ねる事はないんだ。物語自体の筋が通っている限り、プレーヤーはフィクションを壊す責任を喜んで負うはずだ。

Richard Rouse III (Ubisoft Montreal、ナレイティブ・ディレクター): 作家がゲームというメディアを理解していないか、ゲーム・メカニックにフィットしない物語を語ろうとした場合には相反するだろう。ゲームというメディアをしっかりと理解していれば、優れた物語を語る事が出来る。BioShockやPortalは完璧な例で、ゲーム・メカニックと物語が完璧に絡み合っている。異なる形で同じ物語を語る事は可能だろうが、ゲーム以外で同じくらい効果的に語るのは想像しがたい。

Kevin Shortt (Ubisoft Montreal、ストーリー・デザイナー): ビデオゲームの核であるインタラクティブ性を大事にしながら、充実した物語を作り上げるのは非常に難しい。物語の支配権をプレーヤーに渡してしまうと物語が弱くなってしまう。破綻してしまうんだ。例えば、引き締まったストーリーテリング構造が主人公に急いで城に向かう事を要求しても、プレーヤーはパブで夜な夜な早飲み大会に興じるかもしれない。物語の勢いを殺してしまう事になるが、そうしたゲームプレーを推奨する事が重要だ。そういう事を許容するほど、プレーヤーは自らがその主人公になって旅をしていると感じてくれる。我々がそうした挑戦に挑む事が不可欠だ。

bioshock22.jpgBioShock

Dave Anthony (Treyarch、プロダクションVP): 直接的に相反するものではないが、選択肢は極端に制限されるだろう。最も難しい目標は、自らの行動が物語、キャラクター、その周辺世界に直接的かつ意味あるインパクトがあるとプレーヤーに感じさせる事。これは、絶え間ない努力、複雑なデザイン、プリ・プロ段階のプランニングによってのみ達成可能だ。

David Cage (Quantic Dream、創設者): 難しいのはプレーヤーの行動の周辺に物語を組み立てる事ではなく、物語とゲームプレーを同時に想像し、同等の敬意と注意を払う事だ。ゲームプレーは、物語を語るためにプレーヤーと共有するツール。物語がゲームプレーを生み出し、ゲームプレーが物語を前に進めるべきなんだ。この2つが1つにならなければいけない。物語の中に何か面白いゲームプレーはあるか?ゲームプレーの中で何かも白い物語を語れるか?そのシーンでプレーヤーからどういった感情的反応を引き出せるか?などなど、様々な要因が絡んでくるから、これを実現するのは極めて難しい。

Steve Papoutsis (Visceral、エグゼクティブ・プロデューサー): 最高のゲームは、ゲームプレーと物語がお互いをサポートし合うものだ。前述したように、ゲームはプレーヤーを夢中にし、楽しませ、物語を逃したくないと思わせなければ駄目だ。物語をプレーヤーにとって意味ある存在にすれば、注意を払い、楽しんでもらえるだろう。

Dave Grossman (Telltale GamesSenior Designer): ゲームプレーとストーリーテリングの目標は異なっているが、根本的に相反するわけではない。あらゆる物語がゲームプレーとスムーズに機能すると考えるのは間違いだが、物語で起きている事を反映させ、プレーヤーの感情を喚起するために、ゲームプレーを取捨選択し調整する事は出来る。自分の人生が手に負えなくなっていると感じている若い女性がスーパーマーケットにいるシーンを作るとしたら、ゲームプレーは1人称シューターではなくTetrisやTapperのようになるだろう。圧倒されるような感覚を生み出すバランスにするんだ。そして、侵略して来る巨大ゴキブリからアパートを奪い返すような後のシーンでは、FPSメカニックを上手く利用出来るかもしれない。

逆も同じ事が言える。物語をゲームプレーにマッチさせるんだ。Telltaleの新作Poker Night at the Inventoryでは、シンプルな形でこれを実践している。テーブルを囲むキャラクターたちがジョークを交わしながらポーカーに興じているが、ポーカーが盛り上がってくると物語を支配し始め、キャラクターたちはポーカーに集中してその事だけを話すようプログラムされている。シーン自体がダイナミックにゲームプレーに順応するんだ。

Ken Levine (Irrational Games、クリエイティブ・ディレクター): ゲームプレーと伝統的なストーリーテリングは、ある程度相反関係にある。だが、インタラクティブ環境でストーリーテリングを機能させる方法を見つける事、それが仕事なんだ。

Jonathan Pelling (2K Marin、クリエイティブ・ディレクター): プロジェクトのフォーカスをどこに絞るかによるだろう。開発中のゲームがプレーヤーを導くタイプなのか、それともプレーヤー自身が運転席に座るタイプなのか?もしその中間なら、そのバランスは?どれだけプレーヤーに直接押し付け、どれだけ探索の余地を残すのか?演出や文脈の分量は?最良のバランスを見つける事は困難だが、インディのカジュアル・ゲームだろうと、超大作だろうと、実現しなければならない。多くのゲームで物語とゲームプレーは調和しないが、作家とデザイナーが密に協力すればするほど、そうした問題は避けやすくなる。

Jack Scalici (2K Marin、プロダクション・デザイナー): 物語のチャンピオン(作家)とゲームプレーのチャンピオン(ゲーム・デザイナー)が開発過程で一切衝突しない場合は、何かが間違っているよ!物語とゲームプレーの対決は、我々が直面する最大のチャレンジの一つだ。現実には、ゲームプレーがキング。物語にばかり集中してゲームプレーをおろそかにしてしまうと、あまり楽しくないゲームが出来上がってしまう。2つのバランスを取る事が目標で、全体がまとまったゲームを作らなければならない。

アクション・ゲームの場合、ゲームプレーとストーリーテリングは相反する事が多い。主人公のアイデンティティや、そのせいで生まれる限界を快く思わないプレーヤーは多いし、自らを主人公に投影する事を望むものだ。それを許すかどうかという問題が持ち上がる。どちらにせよ、代償が付きまとうんだ。

「このキャラはこんな事をするタイプじゃないから、プレーヤーにもやらせない」という考えでプレーヤーの行動に制限や罰則を加えたりすると、騙されたと感じるプレーヤーもいるんだ。

稲葉敦志 (Platinum Games、プロデューサー): ゲームの種類によるだろう。例えば、アクション・ゲームにおける物語の役割は、次のステージに到達するためのモチベーションを与える事。これが効果的に機能するのが理想だが、「お姫様を救え」とか「敵を沢山殺せ」といった、ビデオゲームでお馴染みの目的でもモチベーションを提供する事は出来る。だが、ゲームプレーとプレーヤーのモチベーションがそこまでシンプルだと、ゲームを際立たせるのが難しくなる。物語がゲームプレーにしっかりと組み込まれていない場合でも、優れた物語は不可欠だと考えている。Platinum Gamesの作品でこれを実践しているのは、Mad Worldだろう。

上田文人 (Team ICO、ディレクター/リード・デザイナー): ビデオゲームは複雑な物語を表現するのに向いていないが、上手に「語る」事は出来る。「語りの完成度=物語の完成度×没入度(真実味)」という風に考えているんだ。この方程式は、ビデオゲームは物語を極めるのに適していないものの、没入度を高めるのに最適なんだ。例えば、寝ている時に見る夢に感動させられる事がある。手の込んだ複雑な物語があるわけでもないのに。その理由は、夢を見ている最中は、夢を現実だと感じているからだ。

781.jpgRed Dead Redemption

Jan-Bart van Beek (Guerrilla Games、アート・ディレクター): 直線的なゲームにおけるストーリーテリングは、オープン・ワールドの箱庭構造におけるそれよりもずっと簡単だ。直線的なゲームなら、物語を映画の脚本のように扱える。黄金パターンと言える既存の雛形を、直線的なゲームの流れに当てはめるのは簡単なんだ。「スターウォーズ」や「ハリーポッター」、ピクサーやディズニー映画の作り方に似ているし、殆どのスーパーヒーロー映画も同様の雛形に沿って書かれている。物語を書くのが簡単だと言っているわけではなく、優れた作家にとって、映画や小説はビデオゲームと同じくらい難しいという事だ。

箱庭/オープン・ワールドのゲームの場合は更に難しい。イベントのペース配分や順番、流れをデザイナーがコントロール出来なくなるからね。これには、大まかに3つの選択肢がある。Eve Onlineのように、物語は捨ててプレーヤー自らに独自の物語を語らせるやり方だ。複雑な世界があり、法則に柔軟性があるなら、これは上手く機能する。だが、これは他のプレーヤーが適切に役割を演じるかどうかに大きく依存するため、シングルプレー・ゲームでは機能しない。それに、適切に役割を演じるというのはマス・マーケット向きではないんだ。もう一つは、物語全体がプレーヤーのレベル成長によって進行し、それが物語を語っていくWorld of Warcraftのやり方だ。この場合は長さが問題となる。80日間を超えるプレー時間を通して、プレーヤーがプロットや物語を追い続けるのは非常に難しいからね。最後が、GTAやRed Dead Redemption、Falloutのやり方だ。これらのゲームでは、核となる物語の雛形をフォローする直線的な物語がありつつ、自由に探索する余地をプレーヤーに与えている。

Tomasz Gop (CD Projekt、シニア・プロデューサー): まず、誰もが求めているわけではない。だが、確かに一貫性のあるゲームを作ろうとするなら、共通のポイント、交差を考えなければならない。The Witcher 2では、主人公のモンスターに関する専門的知識をストーリーラインと結びつけたが、上手く行ったようだ。それは一例に過ぎない。キャラクターの成長にストーリーラインのパーツを組み込む方法を編み出した。望めばやり方は見付かるものだ。

Matt Tieger (High Moon Studios、ゲーム・ディレクター): ビデオゲームにおける最高のストーリーテラーたちは、自らのゲームの物語がプロジェクトの最後で形になった事を認めるだろう。ゲームプレーがストーリーテリングと相反するのではなく、ゲーム開発そのものが相反するのだと考えている。開発中は全てが流動的だ。有機的かつ試験的で、ゲーム開発とはそうあるべきものだ。大まかな物語は当初から設定しておくべきだが、ゲーム自体に強固な土台が出来上がるまで、仕上げに入るべきではないだろう。

Casey Hudson (BioWare、エグゼクティブ・プロデューサー): インタラクティブ・メディアで優れた物語を語るには、ゲームプレーとストーリーテリングがしっかりと織り交ぜられている必要がある。事実、最高のゲームではゲームプレーが物語を伝達するメカニズムになっている。

Mark Healey (Media Molecule、共同設立者): エンターテイメント消費する際のプレーヤーのイマジネーションの役割に関して、熟考する必要があると考えている。私が本を読む時は、自分のイマジネーションを駆使して風景とキャラクターを心に描き出すし、音楽を聴く時は、時間と感覚を超越した旅に出る。歌詞は自分の人生の出来事と関連付けて考えられる程度に曖昧だ。優れた作品というのは、自らの物語を当てはめる余地があると思う。ゲームは、言葉やサウンド、ビジュアルなど出来る事が多いため、イマジネーションを喚起する余地が残されない危険性を秘めている。

Rob Matthews (Eurocom、プロダクト・マネージャー): ゲームプレーと物語のニーズが衝突するのは自然な事だが、この業界が成熟するにつれ、脚本、デザイン、プロダクション規律の間で発生する共通の問題が減少する事を願っている。

今のこの時代、ストーリーテリングはゲーム内だけで完結するものではないという点も言っておく必要がある。これに関しては、Dead Spaceフランチャイズを巧みに扱ったEAを評価しなければならないだろう。最初からコミックやアニメ映画、ソーシャル・メディア、スピンオフ・ゲームなどを巻き込んでフランチャイズを拡張し、全てのフィードバックをDead Spaceユニバースに還元して、中心部分に位置するゲームをより豊かでやりがいのある作品に昇華しているんだ。

[ソース: IGN]

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